相続放棄が使われる場面

相続放棄の制度が多く利用される場面は、被相続人から相続するプラスの財産(現金・預貯金・不動産など)がほとんどなく、その一方で莫大な借金などのマイナスの財産が多い場合です。被相続人から相続・承継する財産はプラスの財産に限られず、借金などのマイナスの財産も引継ぎます。そのため、相続する財産が借金しかないような場合は、相続放棄をすることにより初めから相続人とならなかったものとみなされるので、借金を相続しなくても済むということになります。

              プラスの財産<マイナス財産

もっとも、被相続人が亡くなった後であれば、家庭裁判所に申述をすることができ、財産の額により申述することができないなどということはありません。(注:申述期間の経過や相続財産の処分などの一定の事由により相続放棄ができなくなる場合はあります)

相続放棄とは

相続放棄が利用される場面はご理解いただけたとおもいますので、相続放棄の制度について条文などを見ながら、もう少し詳しく見てみましょう。

相続放棄とは「その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」制度です(民法939条)。そして、相続放棄をするには「家庭裁判所に申述をしなければならない」とされています(民法938条)。また、その申述の期間も定められており「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3箇月以内に」申述しなければならないとされています(民法915条)。

民法915条
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は法規をしなければならない。(以下略)

民法983条
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

民法939条
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

このように、相続放棄をするには、家庭裁判所に申述(申請のようなもの)しなければならなかったり、そもそもその申述自体に期間制限が設けられています。
相続放棄を検討する場合は、それらの事項について気を付けながら手続を進める必要があります。

相続放棄の留意点

それでは次に相続放棄を検討する際の留意点について、上記の緑字になった部分を中心に見ていきましょう。

相続放棄ができる人

そもそも相続放棄ができる人は、被相続人(亡くなった方)の相続人です。
相続人の方が複数いる場合は、各自が単独で相続放棄をすることができます。反対に言えば、それぞれが相続放棄の手続きをしなければならないということになります。

なお、包括遺贈を受けた方がその遺贈を受けたくない場合は、相続放棄の例にならって期間内に家庭裁判所に申述をする必要があるとされています。

3箇月以内とは → 死亡時から3箇月ではない

相続放棄は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内」に申述をする必要があります。
相続放棄について少し聞いたことがあるという方は「3箇月以内」ということはご存知かもしれません。ただ、その3箇月は「死亡した時から3箇月以内」ではありません
上記のとおり「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3箇月とされています。

例えば、同居の親族(父や母)が亡くなったような場合は、父親が死亡した時に相続があったことを知ることになるので、「自己のために相続の開始があったことを知った時=死亡した時」となります。多くの相続では死亡した時に相続があったことを知ることが一般的ですし、その場合は死亡の時から3箇月との理解で問題ないことが多いです。

一方で、自分が幼いころに父親が愛人とともに家を出て行ってしまったような場合、普通は、その父親が死んだことなどタイムリーに知ることはありません。むしろ多くの場合、死亡した時から3箇月などを超えてから知ることになるのではないでしょうか。そのような場合は、「死亡した時≠自己のために相続の開始があったことを知った時」となります。

このように、死亡した時から3箇月を経過していても、相続放棄の申述期間内と考えられる場合もあります。死亡してから3箇月ではない、ということはしっかりと把握してください。

相続人として振舞ってはならない

相続放棄は、相続人ではなかったこととみなす制度ですから、これと矛盾するような行為・行動をすることによって相続放棄ができなくなってしまうことがあります。
簡単に申し上げれば、相続人として振舞ったような場合、相続放棄はできなくなってしまう場合があるとお考えください。

例えば、相続財産に不動産が含まれていてその不動産を売ってしまったような場合、「相続財産を売却するということは、相続をするつもりなんでしょ」と考えられて相続放棄をすることができなくなってしまいます。

このことを民法では次のように定めています。
民法921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認したものとみなす。
1 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(以下略)
2 相続人が(略)期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき
3 相続人が、(略)相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、ひそか
  にこれを消費
し(略)たとき

先の不動産の売却は、上記の1の処分に該当します。

単純承認とは、いわゆる普通の相続をするということです。
民法920条
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

一般的な相続とは、法律上は単純承認をしているということになります。
したがって、相続放棄を検討している場合は、上記921条の1~3に該当するような行為によって単純承認をしたとみなされないようする必要があります。

単純承認とみなされてしまう可能性がある事例には次のようなものがあります。
①遺産分割協議
②相続人が被相続人が有していた債権の取り立て
③財産的価値のある遺品の形見分け
④株主権の行使

相続放棄を検討している場合は、相続財産についてはなるべく何もしないことが重要です。もし、どうしても何らかの手続きを等をしなければならない場合は、慎重に行う必要があります。

家庭裁判所への申述 → 被相続人の最後の住所地

相続放棄は、家庭裁判所に申述して行いますが、申述はどこの家庭裁判所でもよいというわけではありません。
具体的には、亡くなった方の最後の住所地の家庭裁判所になります。亡くなった方の除票(除かれた住民票)などを確認してください。

相続放棄の必要書類

管轄の家庭裁判所に相続放棄の申述をする際には、申述書のほかに戸籍などの書類が必要になります。また、誰が申述をするのか(申述をするのが子なのか、親なのかなど)によって、準備をしなければならない書類が異なります。
共通の書類及び申述する方ごとの必要となる書類は次のとおりです。
※なお、下記でご紹介する書類はあくまで一般的な書類であり、これ以外に必要となる場合もあります。
【共通書類】
①被相続人の住民票除票又は戸籍附票
②相続放棄をする方の戸籍謄本

【それぞれの書類】
<配偶者>
①被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本

<子>
①被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
②相続放棄をする方が代襲相続人(孫など)の場合は子(被代襲者)の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本

<直系尊属(親・祖父母)>
①被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
②被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
④ 被相続人の直系尊属に死亡している方がいる場合(祖父母より父母が先に亡くなっている場合など)、その直系尊属(父母)の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本

<兄弟姉妹>
① 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
② 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
③ 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
④相続放棄をする方が代襲相続人(おい,めい)の場合,兄弟姉妹(被代襲者)の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本

このように戸籍の収集は大変手間がかかる作業になります。
特に<直系尊属><兄弟姉妹>の場合は、そろえなくてはならない戸籍が多くなるので、それだけ時間もかかります。
また、当初の申述では<子>だけであったとしても、子の相続放棄が終わった後は次順位以降の相続人、すなわち<直系尊属>や<兄弟姉妹>が相続放棄をする場合も多いです。つまり、相続人となりえる方が全員相続放棄をする事も多いです。
そのため、当初から相続人となりえる方全員の戸籍を収集することを前提に作業を進めたほうが良い場合もあります

相続放棄と似たような制度

これまで家庭裁判所に申述する制度である相続放棄についてご説明してきましたが、「知人が相続放棄をしたときは家庭裁判所などを利用しなかったけど・・」などと思われている方もいらっしゃるかもしれません。
もしそのようなお話を聞いたことがあるという方は、遺産分割協議による相続放棄・財産放棄のことかもしれません。